昔々。
山の神様と、海の神様が、大変仲が良く、お互いの一族が、楽しく行き来をしていた頃の物語です。
ある日。
山と海の神様が、それぞれ、宝物比べをしよう、と言うことになりました。
人間でしたら、金銀財宝、龍涎香や珊瑚、漆や真珠を宝物と呼び、それらを比べようとするのだろう、と、思うところでしょう。
でも。この時代の、海と山の神様のやること、考えることは、違いました。
お二方の神様は、それぞれ、自分たちを崇拝する一族を引き連れて、ある場所で出会い、お互いの宝物を見せっこしよう、と言うことにある日、話し合いがまとまりました。
事実。物事は、お二方の神様がお決めになられた通りに運んだのです。
其処は、海でも山でも無い場所。
平たく広い平野に開けた、深い清らかな水をたたえた湖を巡る、森の中でした。
鬱蒼とした杉木立の中で、篝火を焚き、お二方の神様はそれぞれ、炎の周りに腰を据えました。
お二方を崇め、祀る一族が、慎ましく、その背後に控えます。
豪快に笑いながら、海の神様が言いました。
「わしは、これが、一番じゃと思う。」
大事そうに、海草の中から取り出したそれは、大きく真っ白な、ホネガイでした。炎に照らされて、きらきらと、地上に落ちた月の如くに輝いています。
得意そうに、海の神様が、言いました。
「これが、海の神様たるこの私が創ったものの中では、最高傑作だよ。」
こちらも、男らしく磊落に笑いながら、山の神様が、朴の木の葉っぱで作った包みを開いて取り出したものは、
「どうだね。これは。美しいだろう。色艶も良いし。」
真っ赤な、人の頭くらいも有りそうな、リンゴの実。
「匂いも良い。勿論、味だって、素晴らしいものだ。」
山の神様は、やっとこの林檎を見出したときの興奮を、思い出したのか、頬や、お髭までが真っ赤になっておられます。
「さて、すると、一番は。」
立会い役を許された森の神様は、戸惑いながら、判定を付けようとします。
「はて。これは、困りました。」
同じように、今回の介添え役を言い渡された湖の神様が首を捻りました。
「貝と林檎。甲乙付けがたく思われますな。」
一同、一斉に頭を抱えました。
中でも当事者たる、海山の神様方は、宝物を見出すのに必死で、勝敗までは、頭が回らなかったらしく、鼻の下をごしごし、こすってみたり、やたら、夜空を見上げて、溜息をついたりと、一向に埒が明きません。
偉い方々の、上席の、喧々囂々たる論争もよそに、海と山の神様方が引き連れて来た、それぞれの一族達は。
海の一族の若者が、若い娘に、キスゲの花を差し出しています。キスゲの花は、山でしか咲きません。
それは、山の一族の者達から手に入れて来たものでした。
一方では、山の一族の青年が、ひそかに思っている少女に、桜色の二枚貝の首飾りを贈っています。海の一族の持っているものを、一目で気に入ったその青年が、彼らから、仕入れて来たものなのでした。
篝火は、幾つも、いつまででも燃え続け、飽きることを知りません。海と山との戸惑い、結論の出ない決着をよそに、夜空では、流星が流れます。幾つも幾つも。
夜露も、静かに降りて参りました。
森の中で、フクロウが鳴き、湖面で魚が跳ねる、静かな夜の出来事でした。
* The End *
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