忍者ブログ

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

蝉の森

夏と言えば、蝉の鳴き声。
アブラゼミやミンミンゼミ、クマゼミ、ヒグラシ、など等。

 


子供の頃、木賃宿に、親子して泊まった経験が有る。
前後の事情は知らない。ただ、裏庭が直接、雑木林に続いていて、生まれて初めて、蝉の抜け殻を集める楽しみを覚えたのだった。


そうっと、木の肌から引き剥がしてみる。抜け殻と言えど上手く出来ていて、足には細かい毛のような刺を生やし、上手く樹肌に貼り付けるようになっている。
これを、壊さないように、そうっと、取るのだ。これが、難しい。それだけに、上手に綺麗に取れた時の喜びは、何者にも代え難い。


上手く取れた。保存用のガラス瓶に入れる。そうっと。そうっと。優しく。
薄暗く、ひんやりとした林の中を伺い見る。まだまだ、あの中に有りそうだ。細い道を辿って、中に入る。
林の中は、風の匂いからして、木材が積まれた裏庭とは違った。
クヌギの幹に、また一つ。ブナの葉陰に、もう一つ。
モミジの枝に。
ガラス瓶の中に、一つ、一つ、蝉の抜け殻が溜まって行く。


もう少し。もう少し。夏の一日は長い。まだまだ、時間は有る筈だ。
その内、どんどん、深く森の中に、一人で分け入って行く事を、子供は知らない。


やがて。


「どう思う?」
一日経った、地方自治体所属の消防署。村の青年団の連絡場所も兼ねている。
一人が、報告書の前で呻吟している同僚に尋ねた。
「とても、信じられん。」
その同僚は、ここ数時間の事態の展開に、ただ、真っ白な気持ちを抱いて言った。
「小学生の子供が、蝉の抜け殻を取りながら、移動している内に、何と、たった半日で、東京~大阪間を軽く超える距離を踏破していた、なんて、普通、誰が信じられる?正味9時間でだぞ。」
「本人も、夕飯に戻ろうとして、単に慣れない場所で迷子になったと信じて、地名を尋ねて、きょとんとしていたんだからな。」
その後、正真正銘、見知らぬ場所に迷い込んだと知って、泣き出した。後の騒ぎは、推して知るべし、だ。
「本当かも知れんが。」
「子供がなあ。う~ん。」
興奮の余り、議論は尽きない。持って来た麦茶は、温くなる前に、飲み干された。
窓から、夏の夜風が吹き込んで来る。
ふわっと、月明かりに紛れて踊ったのは、やはり、蛍だろうか。
多分明日も、暑くなるだろう。
きっと、蝉の鳴き声が、事実上、四方八方からシャワーの如くに押し寄せる、蝉しぐれが、似合う一日になるはずだ。


          

* The End *

拍手

PR

Comment

お名前
タイトル
E-MAIL
URL
コメント
パスワード

Trackback

この記事にトラックバックする:

Copyright © FairWinds : All rights reserved

「FairWinds」に掲載されている文章・画像・その他すべての無断転載・無断掲載を禁止します。

TemplateDesign by KARMA7
忍者ブログ [PR]