宇宙は有限か。或いは無限なのか。
そこは、すでに、非現実のものではない。また、既知と言う言葉を、その前に冠せざるを得ぬ。そんな時代。
しかし、未だに人類に与えられた、最後のフロンティアと言う言葉は、嘘偽りでは決して無い。
最後のフロンティア。そして、究極のフロンティアでも有るのである。
地球と言う砂浜に打ち寄せる、銀河の大波は、何度も何度も、潮騒の天球音楽と共に、宇宙進出への夢をかき立て続けてきたのだから。
今。
天河の波飛沫を蹴立てて、地球の調査基地を発進した宇宙船が飛んで行く。
優秀な人員ばかりを乗せた、外宇宙調査船である。
その内部では。
「全員に行き渡り終わったか?」
一等宙航士が、笑顔で返事を促した。この大きな船の操舵を一身に背負った身は、やはり引き締まっている。
ミーティング・ルームに船内殆ど全ての乗員を集めて、ティー・カップ片手に、何やら額を合わせて相談中の模様である。
「大体、行き渡り終わったようですね。」
普段はブリッジに詰めているレーダー士官が、辺りを見回した。
「今度は、俺になると良いな。」
デリケートなラムジェット・エンジンを操る機関士が、椅子の上で足を組んで言った。それから、少し慌てて周囲に、
「いや、公平に考えてもさ。」
と、いわでもがなの弁解を試みる。
「しかし、旧式な手だね。」
航法コンピューターを主に担当するプログラマーが、ぶつぶつと、手に握った、縦に折られた細い紙を、見遣るでもなくしながら言うのであった。
「手作りのくじだよ、今時。」
「でも何だか、当たりそうですね。私、今回は。」
嬉しそうに、女子高生のように頬を輝かせて、通信士官が言った時に、船長が、部屋に顔を出した。
「何だ、お前ら、それは。」
「これは、船長。」
全員、一斉に起立して直立不動の姿勢をとる。一人を除いて。
船長は意に介した風でもなく、部屋の隅で、何やらノートを広げて計算しているらしき、副長に、
「何をしているんだ、お前は、・・・・確率の計算?!」
「ええ。」
しかつめらしく、副長が肯いた。
「これまでの船内で行われたあらゆる、くじ引き、賭けの勝率から考えて、」
「考えて?!」
船長が訊いた。
「そろそろ、私の番かと。」
周囲から、一斉に溜息とも付かぬ声が上がるのを他所に、船長は、主催者(?)らしき一等航宙士に
改めて向き直る。
「そもそも、何のくじ引きだ?いや、任務に差し支えない限り、くじ引きや賭け事だって、多少のことなら、許可を出すが。」
「船長。」
対して、一等航宙士の答えは淀み無かった。笑顔で、
「”誰が、最初に、新天地に、着陸するか?”です。」
船長が、眉を上げた。
「アポロ11号のアームストロング船長の『この一歩は、偉大な一歩だ。』か。」
大分省略したが、言わんとする所は伝わったようだ。続けて、
「誰が、目的地である所の惑星の表面に、最初に足跡を付けるか、なんだな?!・・・俺も、参加して良さそうか?」
と聞いて来た。わっとミーティング・ルームが沸いた。
「どうぞ、どうぞ。船長。」
「是非、下馬評を覆してくださいよ。」
「やった。確率が変わる。」
休憩時間の殆どは、この、くじ引きの話題で持ち切りであった。
直前で発表があるため、大事に各々に与えられた個室に持ち帰る者、お守り袋に仕舞う者、ブリッジの自分の割り当て場所の直ぐ近く、当直士官からは見えない所に貼って置く者など、様々であった。
彼等は知らなかった。
いや、忘れていたのだと言っても良い。
くじ引きで、船から最初に降りる人員を決めるなど、絶対に有り得ない事等。
全く、気付いていなかったのだ。
任務・・・ミッションとも呼ばれているその計画は、初動段階から、厳格に決定されている。一ミリも外れることを許されない。
また、徹底したふるい落とし、まさに、ふるい落としのためのふるい落としによって選別された彼ら調査隊メンバーであり、乗員達は、こと任務における限り、完璧に遂行出来ると、地球宇宙航空局において、お墨付きを与えられている。
だから、知らなかったのだ。
目的地に到着したその瞬間から、彼等は、統一した意思を持ったが如く、一律に行動するように、決定付けられているその事を。
進んだ科学は、進んだ心理学をもたらし、深層意識化における命令を、彼等は完遂するように、自分達が、プログラミングされて来たのだと言う事を。
全く、知らなかったのだった。
船内を、休憩時間、通信士官が汗を流して走って行った。ジョギング姿である。
人に聞かれると、彼女は瞳を輝かせて言った。
「いやー。もし。自分が一番乗りになったら、と、思うとね。つい。」
その瞳には、一転の曇も無く、星々の輝きが映っていた。
生きているものの如く。
* The End *

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