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飲料水、良し。
食糧の準備、完了。
もしもの時の、避難場所に関する情報と地図、万全。
「Good、グッド♪」
明後日の出発を前にして、本日三回目の荷物の総点検は、ほぼ、滞りなく、終了しつつある。それも、非常に満足すべき形でだ。
自宅の二階の自室で。僕は、一人にんまりとする頬を、なかなか元の形にするのに苦労していたものだ。
リュックサック一杯の、僕の真心。旅先の地は、僕を歓迎してくれるだろうか。
四十八時間後のちょうど今頃の時間、僕は旅の空にいるのだ。
トン、トン、トン。
お昼の時間には、少し早いようだが、紛れも無く母の、階段を上って来る足音が、僕を現実に引き戻した。
部屋の戸を開けて、母が入って来た。散らかりっぱなしの息子の部屋を見ても、驚く様子も無いのは、さすがと言うべきか。
「真平。お手紙よ。」
小さな白い封筒を僕に差し出した。それから、また忙しげに階下に帰って行った後姿を見送った後、
「手紙?!僕に?!」
差出人の名前を見て、更に驚いた。何と、明後日、空港で落ち合う筈の友人ではないか。同行する為に。
何か有ったのかと、逸る胸を押さえて、封を切って、中を見る。
二枚の紙が入っていた。両方にそれぞれ、何か書かれてあるらしい。
一体、どう言う冗談で、彼はこんな事をしたのだろう。
実は、彼の家は直ぐ近所に有るのだ。小学校以来の付き合いは、今まで続いている。
くしゃくしゃの白い紙と、エアメール用の便箋。
とりあえず、便箋を取り上げて読むと、間違い無く彼の達筆で、こう書いてあった。
《本日、午後一時、二人のタイム・カプセルを開けます。是非、いらして下さい。》
タイム・カプセル?!
って言うとあれか、カプセルの中に、思い出の品、例えば、文集とか写真とか日記とか入れて土に埋めて、二十年後とかに開けるあれか。
何か腑に落ちない思いを抱えながら、今度はくしゃくしゃの白い紙を広げて見る。
と。
いきなり、窓から見える、空の色が変わった。
二階の部屋に、短い黒髪の、二人の短パンの男の子が現れた。
笑いながら、夢中になって、何かを話し合っているようだ。
二人とも共通した特色がもう一つある。それぞれ、小さいながらもスコップを手に持ち、服も手足も泥だらけだ。
『もう、大丈夫だな。』
一人が言うと、もう一人が、
『大丈夫。誰にも見られない所にしまった。』
『二人の夢だものな。』
『そうだよな。』
『先に開けたら駄目だぞ。』
一人が念を押すと、
『二人でいる時に開ける。』
厳粛な顔で受け合った。
『よし、誓い合おう。』
一人がまっさらの白い紙を出して来れば、
『約束だぞ。』
もう一人が、黒いマジック・ペンを出して来た。
『十年後に開けるんだよな。』
二人が声を揃えて顔を見合わせて、そう発言した瞬間。僕は、元の自分の部屋にいたのだ。
パスポートやビザや現地での予定表を、ジーンズの膝に乗せたまま。
晴れた空の下、洗濯済みのトレーナーが窓を叩いていた。それがさながら、窓を何かがノックしている様に思えたのだ。僕には。
十年。もう、何時の間にか、経過していたのだろうか、それだけの時間が。
僕は立ち上がって、彼の家を目指した。
手にはくしゃくしゃの白い紙を持っていた。
それには、埋めた場所の地図と、誓約書が書かれている。
〔二人の宝物を、此処に埋めました。十年後に掘り出します。磯上真平。竹原浩介。〕と。
彼は、もう、待っている頃だ。だが。
道々、僕は考えていたのだが、どうも解らない。宝物とは、何だったろう。
冬の冷たい空気の中で、頭を冷やせば思い出せるかと思ったのだが、どうも思い出せない。
情けない。そう思った所で、彼の家に着いた。チャイムを鳴らす。
「おっす。」
いつもの通り、元気良く彼は自分から、家の扉を開けてくれた。
「ま、入れや。」
「タイム・カプセルは?」
僕が聞くと、彼は笑いながら、
「これから、掘り出す。お前と一緒にな。」
と、言ったものだ。
半信半疑で、スコップ片手に、裏庭に案内され、固く冷たい土を掘り返す事になった。一心不乱に掘っている内に、汗が出て来た。程なく、スコップの先が、何かに当たってカチンと音を立てた。手ごたえがある。
「これかな?!」
僕が言うと、
「そうだろう。」
彼が答えた。白い歯が、眩しくきらめいた。
昔は、梅干や大根などを漬け込むのに使ったのだろう。子供がようやっと、抱えられる程度の大きさと重さを持つ、陶器の壷。
それが、タイム・カプセルだった。
早速、開けてみる。F1マシンやゼロ戦の模型の幾つか。工作で作った竹とんぼ。それらに囲まれるように、一枚の、写真や文字が印刷されたB4ほどの厚手の紙が、一枚。
「カレンダー?!」
「御名答。」
彼は、それが答えだと言わんばかりに、にやにやと笑っている。
カレンダーに付いた写真をしみじみ見た後、僕は裏を返した。
手書きの地図。二人の宝物。
《将来の、二人の住む家兼秘密基地兼仕事場》と、大書してある。夜っぴいて、話し合いながら、造り上げた覚えがある。
「成る程。」
僕は言った。
「今日でなければならなかった訳だ。」
「解るか。」
嬉しそうに、彼は言った。
「解るとも。」
僕はもう一度、じっくりと、カレンダーの写真を眺めた。
それは、荒々しく、かつ、荘厳な風景だった。ただひたすらだだっ広いかと思えば、深い谷間も有る。奇岩と切り立った崖が織り成す不可思議な光景。
子供だった僕らの憧れは、秘密基地だけではなかった。
明後日の今頃、僕らは、この手で夢を叶えに出かける。この風景の中に、実際に立つ為に。。
十年前の僕らが、一度はと誓い合ったあの、荒野へと。
夢を、現実にする為に。
その時こそ、本当の意味での、タイム・カプセルを開ける時なんだ。
* The End *
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