青い空が眩しい。
浩治は、玄関から二三歩行きかけて、振り返った。
「じゃ、行って来るよ。」
「はい、行ってらっしゃい。」
帰って来たのは、真奈のいつもの笑顔。両掌に抱いた一歳になるやならずの赤子を、朝日の中で、更に差し上げて見せる。
「瑠奈ちゃん。お父さんに行ってらっしゃいは?!」
やはり、女の子は、気のせいか、おませに思える。はにかんだ笑顔に思えるのだ。
「瑠奈。行って来ます。」
オフィスでは、部下の一般局員達から、姓の前に“あの”と言われるほど、頑固一徹の軌道監視オペレーターが、相好を崩して、愛娘に手を振っていた。
杉林の中で待つ、コミューターに乗る為、歩き出す前に、これもいつもの如く、浩治は深呼吸した。本物の空気と小鳥の声が、正真正銘の恵みの雨となって、浩治の全身に降り注いだ。
(この地に、宇宙空港を造って良かったんだ。真奈も、瑠奈も元気そうだし。)
しみじみとそう思う。
号砲一発、耳を聾する轟音を上げて、大地を圧する火花の中で、シンプルの極みのようなシルエットをゆっくりと持ち上げて、発射されるロケットのイメージは、既に、過去の遺物と成り果てている。
今は、殆ど音のしない発射音に、稼動音を最低限に抑えた、ホバー機能とリニア機能を併用したエンジンが主流となっている。空の女王と言われた旅客機トライスターより、静かな離発着が出来る位だ。
(本当に良かった。)
コミューターの座席に身を沈め、ナビゲーターからの情報を確認する。
(今日は国道は余り混んでいないな。しかし。急ぎの会議も有る。有料道路を使わせていただくか。)
前世紀から今世紀にかけての環境に関する論議は、次々にイノベーションを生み出し、宇宙開発にまで大きく貢献していたのだった。
(これも、地域の環境を護りたいとする住民達の努力が実を結んだ結果か。)
本当に、今日は良い天気だ。有料道路からの、寺院や森林の眺めも良いだろう。浩治は、当然の如くに、コミューターを静かに、発信させた。
真奈は、夫のコミューターの白い後姿を、にこにこと見守っていた。今日の夕飯の前に、少し、やらなければならないことが有る。
真奈には、悩みが有った。楽しい悩みだ。
そっと、お腹に手を当てる。
多分、今度は、男の子。・・・確証は無いが。
「この子も、宇宙へ行きたいって言ったら、どうしようかしら。」
静かに、瞼を閉じる。目を開け、空を見上げる。
洗濯物が風に翻る。白さが、青い空に踊る。
あの向こうに、星空が広がっている。瞬く星々が。
いつか、自分も、行けるかも知れない。もしかして。思ったより、近い内に。真奈は微笑を浮かべ、一つ小さく、溜息を付いた。やる事が一杯有る。しかし。
今日は、ゆっくりとした、お茶の時間が楽しめそうであった。
* The End *
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