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Border World


カンカンカンカンカンカン、カンカンカン・・・・。
塵一つ無い廊下に、自分の早足で行き過ぎる足音ばかりが響く。
逃げなくちゃ。早く。
追っ手が追い付いて来ない内に。

冷たい手で肩を掴まれ、る。背後から。強い力。
鋼の様な、どころでは無い。本当に、鋼鉄製のアームを供えているのだ。
追っ手・・・・ガーディアン・ロボットは。
私は必死で機械の腕を振り解こうとした。
「何をする。放せ。」
「アナタハ、<規約>ニ、違反シテイマス。R-20号、我々ト一緒ニ戻リナサイ。」
 R-20号とはまた、簡単な番号を付けたものだが、それについては、胸の痛む想い出が有る。 ・・・・・私の父親の認識コードだったのだ。
「否だ。断る。私は自由な筈だ。・・・・私には、読みたい本を読む権利が有る。」
「アナタハ、自由デス。アナタハ、コノ図書館ノ、好キナ本ヲ読ム権利ヲ生マレナガラニシテ、有シテイマス。」
「だったら、何故・・・。」
「此処ハ、フロア-3Dαデス。アナタノ興味ノ有る本は、別ナフロア・セクションノ筈。」
「管理をするな!!」
「管理・・・”サーヴィス”デス。」
 私はアームを振り解いた。


 数日前、ネットを通じて入って来た、一つの通信。秘密めかした暗号は、私と同じ初等過程を受けた、言わば幼馴染みの手になるものであると、私が見れば、直ぐに解った。
 私は自由になる。あの角を曲がれば直ぐに、別な世界への入り口が見える筈。幼馴染みからの、暗号通信文に有るとおり。
 迎えも来ている筈だ。幼馴染みは信頼出来る。必ず、私は自由になる。
 角を折れる。ガーディアン・ロボットをスタンガンで麻痺させたのは、少し気になるが、急ぐに越した事は無い。
 少し、空気が違う。え。
 私は立ち止まった。ブーツの踵が、リノリウムの床と擦れ合って、嫌な音を立てた。
 巨大なクレバスを私は覗き込んでいた。冷たい風の吹き上げる深淵。中にどうどうと、水煙を上げて、幅広い水流が注ぎ込まれて行く。
 貯水エリアだったのか。
 この、B-図書館は、〔首都〕に今も実在するA-図書館程には大きくない。しかし、エアコンを始めとするOA機器類に、水は必要不可欠である。
 どうしよう。第一、迎えに来てくれている筈の人間は、何処なのだ?一瞬なりとも、躊躇っていた時だ。
 背後から、キュルキュルと、無限軌道の音が聞えて来たのだ。腹の底が冷たくなった。
 ガーディアン・ロボットめ。スタンガンの恨みか。セキュリティ・ロボットを、呼ぶとは。
 どうする?ガーディアンとは違って、セキュリティの方は、既に攻撃力を、武器を有している。
 闇の中に、光線が走り、右肩下に、焼け付く痛みが生まれた。撃たれた。
「飛び込め!!」
 同時に、誰かが叫んだ。頭が爆発した。
 目の中に、白い鳥がはばたき、飛んだ。と同時に、私の身体は、何処までも軽くなって行った。
 後は、唯ひたすらに、純白、藍色。昔見た、空の色。空の・・・・。

*** *** *** ***


 気が付いた時、目の前に、彼等が居た。
 私は、彼等の”読書倶楽部”に入れて貰えるらしい。病室のベッドの上で、やんわりとそれを知らされた。
「生命をかけたのだから、それが、当然だ。」
 皮肉を言ったのは、幼馴染みだった。私のベッドの傍らで、林檎の皮を剥きながら。
 好きな本を読む幸福。それがようやっと、私のものになる。他の何ものにも替え難い自由が。 私は、心から礼を彼等に言った。

 メンバーは、好きな本を持つ自由を享受出来、また、自分の本棚を持てる。

 そして、一冊、私の本棚に、今日も、新しい本が加わる。私が選び、私の手で、棚に乗せる。
 ちょっと、後ろにさがって、私は話し掛ける。新たな友。私の先生。もう一つの世界。本。
 ようこそ。そして。これからも、よろしく。



* The End *

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