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草を食む


夜。

今夜と同じ位、星すら凍て付きそうな夜。

牛が一頭、草原で草を食んでいました。

今位の季節ですから、枯れ草ばかりですが、牛は文句も言わずに食べていました。

ゆっくり、ゆっくり、食べては噛み、食べてはまた反芻し、を繰り返していると、

星の瞬く暗闇から、話し掛けて来た者がいます。

「ねえ、牛くん。」

牛は、返事をしません、それは、勿論です。

「ねえ、牛くん。」

なのに、その声は、尚も食べ続ける牛に話し掛けているのです。何故なのでしょうか。

「食事中に、すまないね。」

牛は食べ続けています。

「ねえ、牛くん。君は、牛以外の者に生まれたかったと思うことなど、あるのだろうか。」

牛は噛み続け、反芻を繰り返します。時々、虫を追い払う為に、尻尾を振るのです。

「有るのかも知れない。無いのかも知れない。僕には、解らないよ。」

冴え冴えとした夜の空気の中で、染み通るように、声は囁くのです。

「うん。そうだね。僕だって、後悔はしていない。だって、僕は・・・・だもの。」

後の声は、近くを通る汽車の、線路の響きにかき消されましたがしかし。牛のいる所まで届かぬほどの小声では、有りませんでした。

やがて。満腹するほど、ようやっと食べ終わった牛は、あっさりと踵を返し、ゆっくりと、草原を登って行きます。
自分達の、牛小屋へと。
小屋には、此処からでも見える、小さなオレンジの灯りが灯っています。其処を目指して、緩やかな斜面を登って行きます。

ゆっくり、ゆっくり。歩を進めるのです。

時々、小さな羽虫が寄って来るので、房飾りの付いた、尻尾を振るのです。

後には、倒れ伏した枯れ草の上を、冷たい冬の夜の風が吹くばかり。

凍て付きそうな、星の光です。

もしかして、本当に、星の光さえ、凍て付いたかも知れません。

だから、風に吹かれて、星の光は、ちりちりと、あるいは、言葉の形で、鳴るのです。


『自分が、自分であることを、僕は、後悔は、していないよ。だって、僕は、夜空の星なのだもの。』


                                        

* The End *

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