人形が、踊っている。
とても綺麗な人形。
金髪に、菫色の瞳の男の子。
周囲には雪が降り頻る。
代わりばんこに腕を挙げ、片足を天に投げ出し、つま先でくるくる、回る。
肩には金モール。腰には薄い水色の絹のサッシュ。
ただ一体の、人形が踊っている。
音も無く、雪は降り頻る。音楽も無い。
大きな建物の庭。灯りが燈った窓は、唯一つ。
庭に向かって開かれた、壁一杯の窓硝子。
だだっ広い部屋の明かりが、舞い踊る人形を照らす、スポットライト。世界で唯一。
《彼》を見守るもの。
柔らかい髪が雪風に靡き、上着とズボン、膝までのブーツには、終わり無く、雪が舞い落ちる。
少年と雪が共に舞い踊る。
世界には音も無い。
雪を踏み拉く音のみが、時折、誰もいない庭に響く。
何がきっかけだったのか、誰にも解らない。
答えてくれる人間は、誰もいない。世界には、人間がいない。
寒い、寒い冬には、備えていた者も無く、長い冬の前には、堅固な砦は滅んで行くばかり。
氷河期を、本気で憂えていた人間は居なかった。
人形のように美しいロボット。
ロボットを、人形のように、愛玩する人々。
精巧で、精緻な芸術品の出現は、技術革新から、当然のように起こった。
異常に高い電圧を苦も無く送る、ミクロン=グラスファイバー。
下手をすれば、同じ大きさの人間より軽い(水分の割合を考えれば、確かに、人間はこれ以上軽くはなれない)軽量合金。
ますます、ロボットは美しくなって行く。
冬が長く、大きくなって行くにつれ、雪が、積雪量が、人間達の最大の関心事になって行くにつれ、寒さにある程度まで平気なロボット達は、個人の所有物から、地域の労働力における共同財産へと、その役割を変化させて行く。
軽量化によって、その行動形態までを変化させたロボット達。時には歌い、命令によって、踊る。
歴史の一時期、少数の人間が多数の人間を、まるで所有物のように扱っていた時代の、それはごく歪んだ再現ですら有ったかも知れぬ。
人々は、南へ、北へ、赤道直下へと移動して行き、争いも起きた。不動産の取り合い。食料の独占。変化し、敷衍したのはロボットだけでは無く、各種武器もまた、その一つ。
やがて。世界から、人間は、消えて行った。
その人形が、何をきっかけにして、目覚め=動力源がオンになり、何を求めて、眠る=エネルギーの節約の為、一時期、電源を落とされていた場所から、出て来たのか、誰にも解らない。
ただ、百年前と変わらず、暗い空から絶え間なく降り続く雪を見上げた刹那に、どのような情報処理をしたものか、ロボット=人形は、踊り始めたのだ。
右を向き、左を向き、軽く跳躍し、両掌で形を作り、《彼》は踊る。
どこかで、どさりと音がする。屋根か何処かから積もった雪が落ちたのだろう。雪明りに、雪煙が照らされる。
降雪が、少し、激しくなった、時。
ぱたり。
人形は倒れた。柔らかく、雪面が受け止める。雪の中に、深く、その身体は埋もれる。尚も、降り頻る、雪。
ぎい、と音がする。首を巡らせた音。
紫の瞳が、雪面を見つめた。
小さな、黄色い、蕾が、覗いていた。二三個並んだその一つは、既に開き加減。
福寿草の花だった。
白い雪の世界に、黄金の花が開こうとしていた。白い雪の世界にまた朝が開ける頃には、満開になるだろう。
「迎えに来た・・・・・。」
小さな唇が開き、言葉を搾り出す。
がたん。瞼が閉じた。
つるつるした顔を、雪片が、撫でて落ちた。
小さな身体を、見る見る内に、雪が包み込んで行く。
動くものは唯一、雪が降り頻るのみ。
長い冬を、春を迎える準備の為に、歩き回る者も無い。
小さなロボットの所有者の面影を、伝える者も、また、伝える何者をも、その世界では、存在を許されないのであった。
* The End *
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