凍り付きそうな、冬の夜。
シリウスは、街の中天に蒼く輝いて、誰にも届かぬ宝石振りを発揮している。
石畳と水銀灯の街は、20日の月と星明りに、ぼうっと煙るようだ。
温かいコートのポケットに手を突っ込み、自分の長い影を道連れにしながら、歩いている。
音楽会の喧騒とざわめき、葉巻の匂いと、扇子で送られて来た香水交じりの風に煽られた帰り道。
冬の星座に守られて歩いているような気がして、大熊座を見上げながら、ほうっと、溜息を付く、その吐息はやはり、白。
「もしもし。」
驚いて、心臓が飛び上がった。
「もしもし。そんなに驚く事は無いでしょう。」
振り返ると、薄らぼんやりと光る路地の上に、これまた、黒いフード付きの長いコートを纏った、背の高い男が立って、こちらを見ていた。
「何か?」
さて、知った顔だったかしらとためすがめつすれば、そんな気持ちを見抜いたか、うっすらと彼は微笑んだ。
白く長い指の先が、僕の足元、石畳の上を指し示す。
「落としましたよ。」
ええ?!と、慌てて腰を落として見回せば、清らにきらきらと輝く、夜露の様な光る塊り。ウッド・クリスタルが、親指の先ほどの大きさで、星明りをそっと、映している。
さて、僕の持ち物に、水晶など有ったかしらと思いながら摘み上げれば、これが意外に温かな、人肌に近い温もり。なるほど、ただの水晶では無いらしい。
「貴方のでしょう?・・・その、星屑は。」
不意に、背中に凝るような感覚を覚えて、件の男を振り向けば、これが意外や、こちらに背を向けて、街路を、もう、100mも向こうを歩き去って行く。
凍り付くような冬の夜。成る程、星屑も、玻璃瑠璃七宝の如き夜空から、何かの拍子に落ちて来るものらしい。
それが、証拠に。
あの後、仕方なく、捨てられなくて、家まで持ち帰った、星屑水晶は、時々、部屋の中で、月の満ち欠けにも似た、光芒の推移を繰り返すのだ。定期的に。
しかし。あの男は、誰だったのか。何者だったのか。
或いは。退屈紛れに天から降りて来た何者かの悪戯か。
とまあ。これが、僕の水晶を手に入れた経緯だ。
補足までに。
あの水晶は、バイオリンやピアノのを音を聞かせると、きらきらと光を放つ。
いかにも、楽しそうに。
天上の音楽の、欠片を、楽しむかのように。
* The End *
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