それ程高い山じゃないし、難儀な道でも無い。
しかし、こんな所にぽつりと在るSS(サーヴィス・ステーション)は、夜はさぞかし暗いだろう。また、怖いだろう。
私の問いに、
「そうでも無いですよ。」
すっかり馴染みになった年若いスタッフの一人は笑顔で私の車の下から出て来た。
「OKです。先刻の話ですけれど。…変わった人なら来ますよ。時々。」
「へえ。どんな。」
興味を惹かれた私の返事を待たず、缶珈琲を開ける。
「お得意さんなんですけどね、ハイオクを入れてくれるんですよ。で、」
「で?」
「何か楽しそうなんですよ。ちょっと疲れたけれど、いかにもこれから愛しのマイホームへ帰るぞって感じで。お土産だろうな、後部座席に大きな縫いぐるみとか、玩具とか、ゲームとかを置いて、オイル交換の時は、大事そうに持って出るんですよ。・・・時々、花束とかね。」
件の人物は、三十代も半ばの会社員らしいのだが、良く其処で煙草を買って吸うんだと指差された自動販売機は、私も良くお世話になった物。
「その何処がおかしいの?」
家族仲良いなら、何よりだろう。仕事と家庭の両立が難しいのは、今更言うまでも無い。
一瞬、彼の顔が悲しそうにゆがんだ、と見えたのは夕暮れ近い陽射しのせいか。
「山の方に向かうんですよ、大抵。日も落ちかけているのに。」
「山の方。」
私は教えられた方角を見た。
「山頂のゴルフ倶楽部は、夜は大抵、営業していないから、誰も人が居ない筈なんですけどね。・・・山を越える道が、有る訳でもないし。何処の道から家に帰っていらっしゃるんでしょうね。あの人は。」
云いながら、彼は足早にレジスターに私の為の請求書を取りに行った。私を残して。
一日、良い陽射しの続いた締めくくりの様に、火の色をした赤い夕陽が、私達の足元を照らし渡って、長い影を作り出していたのだった。
* The End *
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