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春の記憶より


ある、夜更け。
欠伸をして、長々と、背もたれの付いた椅子の上で、伸びをする。二階の部屋には、僕一人。

ラジオではミスチル。

屋根を叩く、春一番。


春の気分(気分だけ)に流されそうで、

自分を保っていたくなるから。

少しばかり、J-POPは苦手かも知れない。

   なあに、意志の弱い奴がいかんのさ。

そう言えば。

春と言えば。

あれは、何だったのだろう?


子供の頃。小学生の中学年と言った位の頃。

白い壁が、周りを囲んでいる、何処にでも有りそうな空き地。

壁と言っても、木の板で出来た塀。

住宅街の中に縦横に張り巡らされたアスファルトの道路。

道幅は丁度良い寄りのアバウトな広さ或いは狭さ。車道なのか、

住民に使って欲しいのか、はっきり提示して欲しくなる。

道路から、塀の切れ目から、空き地が見えた。

午後だったと憶えている。

塀の切れ目から、中が見えた。ボストンバッグの横に座り込む、中年(だと思う)の女性。

その後姿。ニットの帽子。レザーのコート。

その時は、通り過ぎた。

二三時間後。買い物に行く母に付き添って、もう一度、其処を通った。

吃驚した。

一面の花。草花の小さな畑と化していた。

いや、畑には整然としたイメージが付きまとう。どちらかと言えば、

土管の上だろうが、中だろうが、溢れるように、ピンクの花びらが見えた。

花の上に、花。花の下に、花。黄緑色の茎、細めのジグザグに生えた葉の群れ。

件の小母さんは、横になっていた、咲き乱れる花に埋もれるようにして。

母は言った。

『あの小母さんが、丹精したのね。・・・抜いては駄目よ。』

普段、母は知り合いのお宅が軒を連ねる通りを使って、

自分が使う道を通ったのは、実に一年ぶりだったと、後で知らされたものだった。

次の日。朝の九時になっていなかった。

風邪気味の父の為、行きつけの薬局にお使いに走らされていた私は、こわごわ、あの道を通った。

見ないようにして、白い塀の向こうが視界に入る。私の足が止まった。

花は、無かった。綺麗に、茶色い地面が覗いた、いつもの空き地だった。

小母さんの姿は無かった。その時。

土管の中から、何かの、声が、いや、物音がした。

何か、長いものが、出てくる気配に、背中がざわめいた。物凄い勢いで。かつて知らぬ恐怖が私の身の内を駆け抜ける。

私は、走り出した。恐怖の余り。

『絶対に、猫じゃない。』

走りながら、息を切らしながら、私は何度も繰り返した。

『絶対に、犬でもない。』


薬局から私が帰った後、我が家の病人は、二人に増えた。


長い時間が過ぎた後、やはり、私は思う。


あれは、何だったろう・・・・?あの、物音の源は。

謎は、解ける事は無いかも知れない。

でも、多分、その方が良い場合も有るのだ。

私は、そう思う。

 

               

* The End *

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