僕の友達は、しょうがない奴だ。
いつも、とんでもない事を言っては、他人を驚かしたり、脅かしたりする。
『市長の家にね、泥棒が入ったよ。』
何て、序の口だ。
『所が、県知事の遣わしめた警官達が先回りしていたとさ。大立ち回りの末、逮捕と来た。』
此処で、いかにも得意そうな顔つきで顎を反らしたり等する。
『どうして、県知事は、泥棒の事を知っていたのだろう・・・?』
などと、こちらから、聞こうものなら、
『決まっているさ。泥棒の奴、県知事の家に、予告状を出してしまったのさ。此処に居る皆も知っている通り、二人の家は、兄弟と言っても通じるからね。』
などと、立て板に水とまくし立てる始末だ。
『つまり、泥的氏、市長と県知事の家を取り違って、押し入ってしまったと言う一幕な訳か。』
『そうそう。』
うんうん。と、いかにも自分の手柄のように、彼、メルティは頷く。つまり、これが、いつもの僕らのやり取りと言う訳なのだけれど。
今回は、この事件ばかりは、少し、違った。
そんな“謙虚な”彼が、その日、掌の上で何かを転がしながら、ぽんぽん、と、投げ上げながら、僕に近づいて来たのに、僕は、話しかけられる寸前で、気が付いたのだ。
『何だと思う?』
僕は、ひょっとしたら、気に入られているのでは無いか、彼に、と、考えてしまうのが、こんな時だ。
無視するのも大人気ない。僕は、読んでいた本を閉じて(勿論、栞を忘れずに)、彼の方に向き直った。
『何だい?メルティ?』
『セイエル。これはね。』
クラスメートは、僕の方に顔を寄せて、さも、重大事件だと言う様に、僕に打ち明けたのだった。
『”月の石”だよ。』
『何と。本当かい?!』
それでも、僕は、驚いた。月の石。おお、神様。
『知り合いの科学者がね。』
『君に?!くれたの?!』
『まさか。貸して貰ったんだ。…ちょっと、その、父と商取引が有るのでね。いや、何て言う事は無い品物なんだが。』
『お父様に感謝しなくてはね、メルティ。』
『セイエル、僕の印象ではね、この“月の石”は、故郷に帰りたがっているぜ。』
メルティのまじめな顔はなかなかにハンサムで、彼の言う事ならば、何でも信じ込みたくなる。
『月に?!・・・・でも、何万キロも離れているんだぜ。』
『其処は、何とかなるさ。世の中にはプロが居るんだもの。彼らに頼めば。』
鹿爪らしく、天文学と月の研究はこれから先、まさしく切っても切れない関係になるだろう、などと呟きながら、彼は来た方角と反対の側の扉へと消えて行ったのだ。
昼下がりの図書室には、僕だけが、騙されていると知りつつ、呆然と本を開くのも忘れて、立ち竦むのだった。
数日後。
一向に、メルティが僕の事を構いに来なく、もとい、読書やレポートの邪魔をしに来ないので、こちらから、水を向けに彼を探して見た。
案の定、彼は居た。正門前に、焼き菓子売りがやって来ていたのであった。沢山の制服姿が、行列を作るでもなく、群がっているのは、この季節の風物詩にもなっている。
シュー=ア・ラ・クレームを頬張る彼に、カフェ・ラテを手渡しながら、例の石の事を聞くと、
こっちが驚くじゃないか。さっと、顔色を変えたんだ。
『どうしたんだい、メルティ?!』
『その話はやめてくれないか、セイエル。』
言葉のきつさに反して、口調は頼りなく弱弱しいものであった。普段の彼にも似ず。
『どうしてさ。僕も、興味が有るんだよ。月の石を月に返して上げたいんだもの。どんな計画なんだい・・・?!』
『必要無くなった・・・。』
一言呟いて、彼は、僕にくるりと背を向け、校庭で、今しも白熱した練習試合が繰り広げられているところの、フットボールを注視している振りを始めだした。
『必要無くなった・・・・?!・・・・まさか、メルティ、月の石が、勝手に月に帰った・・・とか、言うんじゃ、無いだろう!?・・・ねえ。』
彼は、返事をしなかった。風が強くなって、ユリの木の梢が鳴る。
その中を、彼は、ずんずん、歩き去って行ったのであった。
少しだけ、肩を落として。
それからというもの、僕の友人は、あまり、とんでもない冗談や法螺を言わなくなった。
彼の友人達は、つまり、僕達は、少しだけ、残念だったけれど、望遠鏡のレンズを絹のハンカチーフで磨く、彼の新しい日課を、喜んで受け入れる事に、全員が同意したのだった。
今も彼は、僕らと談笑しながら、レンズを磨いている。今夜に間に合わせる為、大わらわで。
夕食が済んだ後に、彼の部屋に、思い思いの何か、お土産のようなもの、食料だったり、雑誌だったり、を持って、集まる事が決まった所だ。
これから、これが、習慣になるかも知れない。
今日の月齢は、そう、15.3.
満月である。
* The End *
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