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寒い朝


最近、一日が短く感じる。

朝。日が昇ってから、ほぼ決まった時刻に起床し、朝食を食べ、仕事に就き、昼食、仕事、夕食、就寝。
あっという間だ。

「でも、腹は減るんだよな。」
白い息を吐きながら、エルが笑った。歩きながら、ラグも一緒に声を合わせて笑う。
既に、二人の真上から、白い粉雪がちらちらと舞い始めていた。
やがて、広い雪原の上に、とめどなく、雪が降り頻るのだろう。

あっという間に一日が過ぎるという感想は、或いは怠惰に過ぎると言う見方も出来るかも知れない。特に何事もなく過ぎていく日常が、二人をルーティン・ワークの渦に落とし込んで行くのかも知れない。
慣れと怠慢と言う名の。

「な、霜柱が、温室の中に出来ていたぞ。」
エルが言った。
「げ。お前、それ、報告書に書いた?」
「うわ。」
ラグの言葉に、エルが真っ青になる。
「あ。でも、監視カメラが捉えている筈だから、動画から、証拠写真を起こせば良いよな。」
「多分な。知らね~ぞ~。」
ニヤニヤ笑って見せながら、ラグにとっても、あまり他人事では無い。
「寒いなー。」
エルは、分厚いコートの上から、自分の身体を抱いて、地面に目を落とした。
その見慣れた動作を見るたびに、ラグは思う。エルは強い、と。自分もあんな風にさり気なく、あまり見たくも無いものを見ることが出来るだろうか、と。
雪の降下が速まり始めていた。視界が、白に染まり始める。訓練を受けた二人にとっても、それは、洒落にならない事態を意味していた。
「今日の見回り、何時間ぐらいだ?」
エルが聞く。彼の黒い髪は、雪の粒を乗せて、弱い日の光にきらきらと輝いていた。
「いつもと同じじゃねーの。おっと。」
ラグの携帯が鳴っていた。この時代には極く平均的な寒冷地仕様にしたものだ。機械の光が、妙に温かく感じた。
「はい。もしもし。はい。解りました。」
金髪をかき上げながら、ラグはいつも通り、極く冷静に、電波の向こうにいる相手に対応していた。男女年齢の区別無く、それだからこそ、彼は信頼される。
「エル。帰るぞ。」
携帯をパチリと閉めて、電源を落として、ラグは振り返った。
「なして?」
疑問を唱えながら、エルの脳裏に、熱いスープや、ココアが火花の如くに点滅する。
「本部からは何だって?ラグ?」
「吹雪くから、帰れとさ。お前らまで、雪の下に埋まっちまうなだと。」
ラグは言った。最早、踵を返している。
「早く、スノー・タンクの中で、焼き鳥でも焼いて食おうぜ。」
「うん。」
歩いて五分で、彼らを待つ、分厚い外板と、太陽熱蓄発電装置を備えた雪上車=スノー・タンクに着く。そこから、基地までは三十分足らずだ。

「どした?」
相棒がぐずぐずしているのを見て、ラグは眉根を寄せた。
「この下にさ。」
エルは、地面を、と言っても、一メートル以上は根雪が降り積もっているので、あえて雪面としか呼び様が無いが、軽く蹴って、
「俺の伯父さんが眠っているんだ。」
「ポッドにだろ?」
「うん。」
ラグは嘆息した。あまり普段は考えないようにしている。この下に、何百何千何万人の人々が、事実上、凍り付いて、眠り続けているのかを。
「俺の従姉妹もだ。」
ラグは言った。
「良い奴だったけどな。だが、普通は、無理だよな。摂氏零下二十度の場所で暮らすなんて。俺やエルや、基地の連中とは違うんだから。」
「うん。」

彼らは話しながら、歩き続けた。氷河期の地球上を。
突然の地球的規模の大危機に際して、自らを改造して、番人となった人々の内の。もっとも、若い二人は。
歩き続ける二人を、雪が吹き付ける。
エルとラグは、黙々と歩を進め、明日に備えるために、基地であり、住居である場所へと向かった。

でも。本当は。
ラグは思った。
もっと、もっと、遠い所を、我々は、歩いているんだ。
遠い所。さらに、どこかを目指して。
未来と言う名の、どこか遠い所を、目指して、
僕達は、歩き続けるのだと。
歯を食いしばって。おとがいをもたげて。泣きたいのを、我慢して。

いつか、新しい朝、暖かい朝が明けるまで。
いつか、輝く地平線へと到達出来るまで。

歩き続ける・・・・・・・。



                           * The End *

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