[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
七不思議。
自分の学校のそれを、全部知っているかい?
浩一は、ウーロン茶を一口、ペットボトルから直接飲んで、そう切り出した。
夏の風が、彼の髪をかき乱した。すっかり、良い季節になっていた。
ビアホールに、だれかと連れ立って行きたい季節だ。
黙って彼の顔を見ていることで、先を促されたと解したらしい。
知っているか。ほうほう。全部言えるのかい、結構、見かけに寄らないんだな。
いや、結構。六つまで聞けば、十分だ。だって。解るだろう?
へえ。お宅の学校の音楽室の肖像画は、ショパンとモーツァルトだったのかい。うちは、ベートーベンとバッハだったけれど。
音楽室に鍵を掛けないで帰ると、夜の夜中にピアノの音が響く、とかね。え?聞いた事が無い?
変だな。割りと全国的に何処にでも有る平凡な学校の怪談だと思っていたのだが。違うのかなあ。
あの世の者が、防犯上の問題で、こちらの側の人間に、気を遣ってくれる、と言うのは、何やらくすぐったい気がしたなあ。
音楽の先生は、女性でねえ。長い髪の横顔が、とても綺麗だった覚えが。
ああ、悪い悪い。学校の怪談だったな。
不思議なものだよね。その存在が軽んじられると、それに関する不思議な物語が流布されるんだ。
例えば、怪人赤マント。自治体の存在が、政府の強力なリーダーシップによって、少し弱くなったと思うや、『街』そのもので、一丸となって、子供たちを守る自警団を結成するとか。
トイレの花子さんは、この情報化社会にとっての学校の存在が何者であるかを、ちょうど、社会現象として、考え直されている時期に、『復活』した。そう思わないかい?
社会は生きているんだよ。
自浄作用もあるし、勿論、治癒能力も有る。当たり前だろう、生きた人間が構成してこそ、『社会』と言うのだからね。
俺がこんな長広舌だなんて、思わなかった?
いや、悪い悪い。しかし、この屋上の風が、気持ち良くてさ。
彼は、あたりの風景を見回しながら、一旦言葉を切った。
私に、何か言える訳も無い。ウーロン茶が無くなったら、お代わりを差し出そうと、傍らに合図を出した。
怪談は怖い。ホラーは恐ろしい。正直、俺は、ホラー映画そのものが苦手でさ。いや、ほんとほんと。子供の頃、TVで、あの“ヒュードロドロ”の効果音楽(?)が始まった途端、画面の前から、逃げ出したくらいだ。
しかし、もっと、怖いのは、怖がらないことでは無いだろうか?感情が麻痺したなんて、大げさな事じゃない。
知識と想像力の欠如。これは、大変な問題だ。
怖がらなくなった人間は、それだけで、危険な存在だと言える。他人にとっても・・・・・自分にとっても。
そう思わないか?
俺?俺はね、結局、好奇心も恐怖心も、人並みには有ったと言えるのだろうな。多分。
久し振りに、長期休暇を取って、実家に帰って見れば、皆、企業戦士に気を遣ってか、上げ膳下げ膳全部やってくれてさ。
毎日、ぶらぶらしていたんだ。
で、思い出したんだ。子供の頃、毎日通学していた小学校に伝わる伝説を。
隣で、ごくり、と、唾を飲み込む音がした。誰も笑わなかった。私と来ては、唾を飲み込む前に、喉がからからに渇いていた。
先を、雰囲気で促されたのが解ったのだろう。それも、ごく、熱狂的に。
嬉しかったよ。うちの学校は、やはり、違う、と思った。
・・・・誰でも入れてくれたんだもの。
探検する事だって出来た。いやあ、探検だとも。気を遣わないでくれて、結構だ。
それで、思い存分に、確かめる事が出来たんだ。
子供の頃、密やかに、先生のいない所で、口から口へと伝えられた、“あの”伝説が、真実か否かを。
「で、助かった訳ですね。」
私は、念を押した。彼は、また、にっこりと微笑んだ。
周囲では、まだ、彼のご両親と、幼馴染達の号泣が、響き続けていた。
突然の地震だった。
震度は、M7。これ位では、普通は死者が出るほどの強震ではない。
しかし。この小学校の有る地域では、全く別の問題が勃発していたのだった。
地下水の極端な取水は、以前から深甚な問題として取りざたされていた。解決策が日延べされていた所、今日の地震。大規模な地盤沈下が起こったのだ。
彼の、遊びに行っていた小学校は、何と、土台ごとすっぽりと、建造物そのものが、そのまま、地下まで潜っていた。結果として、彼は、小学校の中に閉じ込められた。生きたまま。
一瞬の出来事であった。
被害は甚大と見られたのだが。当然の帰結として、彼の生命そのものも。。。。。
伝説は、本当だったよ。
二階の理科準備室の中、実験器材を並べた棚の後ろに、ドアが有ったんだ。ドアの後ろには、信じてくれるだろう?勿論?階段が続いていた。コンクリート製の立派な階段さ。手摺まで付いていた。
その階段は、ドアは、何処に、一体、通じているのか。次に、起こる疑問は、当然、そう来るだろう。
結論から言うと、
「此処に、通じる、ドアだった。」
そう言うと、彼は、もう一度、ただ一箇所、頭を覗かせる形で、地上に残った小学校の屋上、彼が今現在いる場所を見渡した。
「言ったろう?伝説は、とても大事なものだって。」
自分の命の感触を確かめるかのように、ウーロン茶を、一口啜って、彼は、ふかぶかと、溜息を付いた。
屋上の風の中でも、その声は、深く、そこらに染み渡ったのだった。
≪ 歌と踊りと雨の森 | | HOME | | 春咲図書館 ≫ |