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歌と踊りと雨の森


雨が降っている。街にも森にも降り注いでいる。
すると、雨音に混じって、ピアノの音が響く。リストかショパンか、それとも・・・・。

Ⅰ.
怪我をした同級生を、病院にてお見舞いをした帰り道。
傘を差さないでいる子供を見た。
紫陽花の花の横で、踊っているように、跳ねたり、飛び上がったりを繰り返していた。
あっという間に、私の横へ来るや、くるくると私の周りを駆け回ったりもした。
とても、楽しそうだった。
足を上げたり、背中を曲げたり、思い切り、また、伸ばしたり。
何がそんなに楽しいのか、唇から笑みを絶やさない。
雨粒を身体で受けるように、頭を上へ向けた時。
思い切って私は声をかけた。
「濡れるわよ。」
襟付きのシャツ。厚手の生地で作られた短パン。
もう、ずぶ濡れの筈なのだが、何もしないよりは、ましだろう、と、そう私は思った。
紫陽花より、ピンク色の頬と、紫陽花より、青い瞳。
とても、美しい少年だった。
まっすぐ伸びた手足は健康そうだ。
声をかけた刹那。
ぴたり。美術館のロビーの、大きな彫刻を思わせる仕草で。
何か意外なことが起こったと言いたげなその瞬間。
彼は、勿忘草色の瞳を、くるり、と、僕に向けた。
「あなた、僕が見えるの?!」
彼は、そう言った。実に意外だと言う、そのイントネーションはまるで、大人のようだった。
「え、えと。その。あの。」
私が返事に窮してまごまごしている内に、少年は、あっと言う間に身を翻し、森の奥へと駆けて行った。髪から零れる雨滴を拭おうともせずに。
あとには、あっけに取られた私と、地面に落ちた、サーモンピンクの傘。
今頃、もしかしたら、あの少年と相合傘になっていたかも知れないのに。
傘の方が遥かに私より、何か言いたげだった。

後で、本気か冗談か分からないが、あの森は、時々、精霊がやって来るらしい、と言う話を聞いた。
声を掛けようと思ったら、それ相応の礼儀作法は知っていなければならないらしい。
ルーン語やサンスクリット語は知らなければ、ならない、とか。
時々、私は考える。雨に煙った庭の風景を眺めながら。咲き始めた空木の向こう側、そびえて見えるオフィス街に、虹がうっすらと出来上がるのを見ながら。
子供のころ、ふとした事で止めて以来、中断したままの、バイオリンの稽古に、また通って見ようか、と。
両親は喜ぶだろうか。目を白黒させるだけだろうか。

雨の森で、バイオリンを引いたら、また、青い瞳とまっすぐな手足の少年が、猫になったり、鳥になって飛ぶのを、見る事が出来るかも知れない。
そうも、思うのだ。

Ⅱ.
雨の日のお使いは、本当に、鬱陶しい。
『仕方が無いのよ。伶。』
お母さんが言ったものだ。
『善光寺の叔母様に、どうしても、届けたい物が有るの。』
だからって、今の時代、宅急便だって有るのに、何だって、彼女を頼るのだろう。
お気に入りのレインコートと長靴で、彼女は紫陽花が群れ咲く、雑木林の小道を急いでいた。
紫陽花の青い色が目に沁みる。
ぐあぐあ、けろけろ、と、アマガエルの声が聞こえて来た。
姿を見せなければ良い。蛙は、声はともかく、姿かたちは、大嫌いだ。
彼女は思っていた。早く、乾いた部屋で、お茶にしたいと。
「蛙の歌が♪、聞こえて来るよ♪。」
ふと、唇に昔から良く知っていた歌が、上って来る。
すると。それに、伴奏するように。

 ♪けろけろけろけろ、ぐあっぐあぐあっっ♪

一瞬、その場に立ち尽くした後、彼女は、逃げ出して行った。
小雨が、木立を濡らし続けている、午後であった。

「本当なのよ、本当なんだってばあ。」
しばらくの間、彼女は、泣きながら、本当に、蛙は音楽に合わせて歌い続けることが出来るのだ、と主張していたのであった。


                 
* The End *

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