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一階の足音


風を感じて、美穂は、ふと足を止めた。

思ったよりずっとその風が湿り気を帯びているの認識すると、自然眉根が寄って来るのを覚える。

『雨になるかも知れない。』

この季節特有の、最近多い、天気の定期便、通り雨になるかも知れないと思い、帰り道の上で、足を早めた。

自分の家の玄関で、骨を畳んで、主を待っているかも知れない、傘のことを思い浮かべた。

明日こそ、鞄に入るサイズの折り畳み傘を近くのショッピング・モールまで見に行こうと思った。部活の後で、雨の前の風ほど、うなじや肘に心地良い。

滑り込むように、自宅の門を潜った時には、泣きそうな濃い灰色の雲が、彼女の頭上に差し掛かっていたのだった。

「ただ今。」

と言っても、共働きの美穂の家には、誰もいない。夏休みの部活は、朝練習が少ないから良いものの、母が用意してくれた朝食を、一人もそもそ認めるのは、少しばかり、寂しい思いがする。

贅沢と言ってしまえば其処までだったが。

「あれ・・・?誰かいたかな・・・?」

好きなサウンド。好みのメロディー・ライン。自然に身体が揺れるのを覚える。

制服姿のままで、冷蔵庫の中を物色して、コンビニに寄り損ねた分、買って来なかったジュースやお茶に替わる水分補給を図る彼女の耳に、確かに、聞き覚えのある音楽が聞こえて来た。

二階建ての建売住宅で、一階は両親の部屋と居間、応接間、キッチンなど水回り。二階は彼女の部屋と、サンルーム、ベランダだけである。

美穂は、一人っ子だった。

「お母さん・・・?あたしの部屋で、音楽を聞きながら、昼寝とか・・・?」

二階は、窓から風が吹いて来て、気持ちが良い。洗濯物を畳みながら、つい転寝してしまった事がある、と、笑いながら語った母の顔が思い浮かんだ。

「あたし、合鍵で鍵を開けて、家に入ったのに・・・変だな・・・?」

階段を上って、自分の部屋のドアを開けた。誰もいない。朝、出た時のままの彼女の部屋だった。

「あれ。」

音楽も、止まっていた。

「変だなあって・・・。あ。窓が開いている。」

やばい。と。彼女は思った。両親より早く帰って来て良かった。

なるたけ、エアコンは使わない方向性で行きたい彼女としては、窓は開けて置く習慣なのだが、しかし、流石に無用心だ。これでは。

「そうか。開けてある窓から、近所でかけている音楽が聞こえて来ただけか。」

なーんだ、と、彼女は嘆息を付いた。

それから、冷蔵庫で見つけた、箱入りアイスクリームを取りに行く為に、階段を下って行った。


あああ。帰宅から一時間後。

美穂の口から、三度目の溜息が零れた。宿題を、始めてから三十分で切り上げたくなった訳では無い。

いや。少しはそう思ったが・・・。

勉強のお供にと、オーディオでCDを掛け流していたのだが、どうも、今の体調に、曲調が会わなかったらしい。

「ラジオでもかけて見よう。」

FMに合わせて、少しvolumeを上げる。流行曲が流れて来た。

「あ、今度、このシングルを買いに行こう。」

誰と買いに行こうかな、と、思った途端。

階下から、足音が聞こえた。

「あ。今度こそ。お母さん。」

トタン、バタン、と、冷蔵庫を開け閉めする物音が聞こえる。と、思うや、少しの間の後。

足音は、階段を上って来た。

軽い足音を立てながら。

その時。

ラジオが、ロックから、臨時ニュースに替わった。

内容は、此処より少し北の土地で小さな地震があったとのことだ。美穂の住んでいる土地は、震度2程度だった。

ニュースが終わった後、彼女は気付いた。足音が止まっている。

「お母さん。どうしたのかな・・・?」

部屋を出てみると、階段には誰もいない。夕暮に差し掛かった日の光が窓から射し込むだけ。


その時。賑やかに鍵の回る音がして。


「ただ今。」

母が勤め先から、帰って来たのだった。

「お母さん、今、帰ってきた所・・・・?」

「どうしたの?そうよ。」

買い物袋を提げた母は、にこにこ笑いながら、怪訝そうに首をかしげた。

「うん。お帰りなさい。」

美穂は、肯いて、買い物袋の中身を、冷蔵庫に移動させる手伝いを始めるのだった。


おかしいな・・・・?

階下の足音が、非常に身近に聞き覚えのある物だった事は、しばらくは、考えないようにしよう、と、思う彼女だった。

何たって、


彼女は、鍵っ子なのだから。




                       * The End *

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