出来たばかりの写真を眺め、整理し、アルバムに綴じ込む作業は、いつやっても、楽しいものだ。紅葉の写真。結婚式の写真。日常の何気ないスナップ。
カメラで撮った写真は、あくまで撮影した本人が見たものが写る。しかし。
「あれえ。おかしいな。」
フォト・アルバムを整理していた会社員の男は、茶の間の卓の上で、首をひねった。
「こいつ、誰だろう?」
会社で行った、ハイキング。良く晴れた山頂で撮った記念写真には、彼の見覚えの無い男も写っていた。地味な登山服に明るい笑顔。白い歯が、陽射しにきらめく。何の屈託の無いその姿に、彼は興味を覚えた。
「図々しい他の登山客が、一緒に写りに来たのかな?」
しかし。それにしては、その後の連絡すら無い。自分の写り込んだ写真なら、普通欲しがるものだろうに。
「変だなあ。」
しかし。何らの判断に役立つ材料も無い。諦めた。その時は。
様々な職種の人間の交錯する、産業展示会のブースの一つで、男は偶然、あの時の笑顔を見つけた。取引先メーカーの設立時の重役連の並んだ記念撮影の情景の中で、あの男は、地味な色と仕立てのスーツを着て、自然にこちらを見ていた。
「え?!この人ですか?!」
対応に出た若い社員は、社史に良く通じている年配の社員を呼んでくれた。
「はてね。私は、重役や役員の顔なら、良く知っている筈なんですが。」
この時は、当時の出入りしている会社の一つの営業マンだろうと言う事で、片がついた。
「しかしね。・・・もう、五十年も前の写真なんですよ、これは。」
彼等の異口同音に口にした言葉が、男の耳を貫いた。
仕事をしていても、帰宅して食事をしていても、男の脳裏から、写真の男の姿が消える事は無かった。
友人の結婚式。新郎新婦とも、共通の友人が多い。教会から出て来た二人を、万雷の拍手と歓声が包み込む。
ホテルでの披露宴。スピーチも何のその、カメラ好きの友人達が、バシバシ、シャッターを切る。それを見るとも無く見ていた男は、不意に目を見張る。
”あの男”が、地味な黒い蝶ネクタイと共に、一瞬、視界に入り、直ぐに、談笑している新郎の親戚の影に消えた。
その姿は、まるで、自分が写る為のシャッター・チャンスを探しているように、見えた。
二人が新婚旅行に出掛けた後、写真を撮っていた友人に頼み込んで、先に出来上がった写真を見せて貰った。胃の腑が冷たくなった。
”あの男”が、自分のテーブルで笑っていた。自分の真向かいで。勿論、彼にはそんな憶えは全く無かった。有る訳が無かった。
彼は、休暇を取って、会社の保養地に向かった。折りしも紅葉が見頃である。
ブナ林の風景が、彼の神経と身体を癒してくれた。明日は、ハイキングに行こうと思った。ベランダで、彼は持って来たポラロイド・カメラを戯れに構えて見た。
驚愕の余り、彼の身体が固まった。
レンズの向こうに、”あの男”がいた。彼に向かって、微笑んでいる。思わず、シャッターを押そうとした時に、正にその瞬間、彼の脳裏に稲妻が走った。
「解った。あんたが、誰なのか!俺には、解った。」
次の朝。別荘の管理人が迎えに来た時、彼の姿は、無かった。その後、彼を見た人は、いない。
「あれ、誰だ?!大学のサークル合宿に、こんな奴、参加していたっけか?!」
* The End *
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