それは・・・・。
実に、しめやかな、葬式だった。
永遠に続くかに思われる、読経の声。お香の匂い。ひそひそと交わされる声。悲しみにふける言葉は果てしも無い。
写真の中の故人は、セーラー服を着ていた。
バトミントンのラケットを手に取り、笑っている。春の日差しの中で。
真吾は胸を詰まらせた。
「長谷部・・・・。嘘だろ・・・?!」
遺影の前で合わせた手が震えた。
後ろで、喪服に身を包んだ母親が、泣き崩れた。
(癌なんて・・・・?!早期治療で何とかなると思っていたのに・・・・・。)
痩せ細って、教室に久し振りに顔を見せた日を思い出した。すっかり、『小顔で少食になった』と言って、自慢していたのに・・・・。
(まさか、あれが、最後だったなんて・・・。まだ、信じられない。)
其処で、目が覚めた。
いつもの部屋に、真吾はパジャマを着て、眠っていた。
「あー。吃驚した。」
照れ隠しに、大きな声を出しながら、ベッドの上に起き上がる。
勿論、夢だ。
なぜなら、同じクラスの長谷部都(はせべ みやこ)は、生きている。
病気どころか、ぴんぴんして。
今日は、理科の実験の準備を、一緒にやることになっている。
「何で、あんな夢を見たんだろ?!ま、良いや、飯だ。」
丁度、階下から、母親の彼を呼ぶ声が聞こえていた。
朝の教室で、真吾と仲の良い田口が教室に入るや、チェックのマフラーを首から解きながら、彼に言った。
「なあ、昨夜、俺、長谷部の夢を見てさ。」
「へえ、お前も?!」
「お前もって、お前もかよ。」
唇をまげて、田口は真吾の頭から靴先を、見下ろした。
「いや、俺より、たぐっちゃんは、どんな夢を見たって?!」
「いや、それがさ。」
ほとほと参ったと言うように、田口悠平は、真吾の隣に、腰を下ろした。
「聞いてくれよ、学校に来たら、皆が騒いでいるから、何事かと思ったら、長谷部が、怪しい奴に連れて行かれたって、夢。俺、夢の中で、刑事の尋問受けちゃったよ。」
「スーパーで、駐輪場以外に停めたのがばれたんでないの、そりゃ?!」
「関係有んのかよ。」
「しかし、変わった夢だな。」
真吾は、頭をかいた。少し、こういう仕草をすると、大人っぽくなったようで、本人は気に入っていた。
「で、真吾君の夢ってのは?!」
「それがね・・・・。」
と、言い掛けた時に、ばたばたと騒がしい音がして、倉沢が入って来て、二人を見つけて一気にまくし立てた。
「おい、昨日の特集番組、俺、ビデオ完璧!!二人とも見た?!宿題とかやって見てねえんなら、帰りに見に来ねえ?」
「特集?!ああ、あの。」
倉沢は夢中になった時の癖で、二人の返事も待たず、
「キャトルミューティレーション!!宇宙人は密かに地球に来ていた!それを、某国政府は既に嗅ぎ付けている!彼ら、エイリアンの目的は、地球人の肉体及び、精神の研究!」
「研究?!」
二人を中心に輪になったクラスメートの一人が、面白そうに、突っ込んだ。輪の中に、長谷部の姿も見つけて、何となくほっとする真吾であった。
「既に、相当に詳しくなっているんだぜ。ちょっとした病気なら治せるかもな。ほら、アフリカとかにいる、自然保護官って、獣医とかも出来るだろう?!」
「そんな事が、実際に起こったら、大騒ぎにならない?!」
女性の一人が、スカートのひだを治しながら、言った。
其処が倉沢の付け目であった。彼は鼻をうごめかしながら応えた。
「勿論、だから、彼らは、関係した全ての人間の記憶を事実上、消去することで、その危険性を回避しているんだよ。」
「へえ。凄い。」
「わざわざ、地球まで来て、国境を越えた医師団かい。」
「人類愛。地球愛。」
わいわいと騒ぐ彼らの討論とも付かぬ、議論と感想の披露の応酬は、やがて、始業ベルが鳴り、担任の先生が、ホームルームの為に教室に入って来るまで、続いていたのであった。
* * *
真面目に授業を受ける生徒達の頭上、校舎の屋上から見て、三万メートル程の所を、未だ誰も見た事も聞いた事も無い形をした、飛行物体が、殆ど、衛星監視ネットにも引っかからず、静止していたことは、だから、誰も知らない。
また、その未確認飛行物体が、あらゆる天文台にも視認されず、そっと、地球衛星軌道を離れ、果ては太陽系そのものを、遠くへ旅立って行ったことも、誰一人として、想像すら出来ぬままなのであった。
その、目的が何でありまた、彼らの所属する世界が何処であるのか、茫漠たる未知の彼方なのであるのと同じように。
* The End *
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