花火にはまだちょっと、早いけれど。
「実際、そうだよ。」
従兄弟の健太がそう言った。
「花火には、まだ少し、早い季節なんじゃないか。梅雨明けもまだだし。」
腕組みまでしている。自慢たらしい。
その上、気のせいかも知れないけれど、シャツとズボンから突き出た手足が、随分焼けているな、こいつ。
応援団って、クラスごとで選ばれた人達、当然、部活動をしていない、世に言う帰宅部が、仕方なく、強制的にやらされているんじゃなかったんだろうか。
そう言えば、何だか声も低くなって来た。
今夜、花火大会をしよう、と僕が言ったのが、そんなに、不満だったのか、こいつ。
僕は、黙って、バケツの水を捨てた。少し、僕よりもう背の高い向日葵の根元にまで行くように気を遣いながら。
別に、健太の言葉に同意をした訳じゃない。学校の校庭まで行けば、水飲み場で水が汲めるだろう、と思ったからなんだ。
水の入ったバケツって、凄く重いんだ。それを持っていくとなると、幾ら、中学校が直ぐ其処でも。ちょっとね。
今は、コンビニで、花火だって売っている。ロケット花火、線香花火、勿論、鼠花火も。その他のも。
僕が好きなのは、その他のだって、解るよね。いや、解ってくれないと困る。
で、その他の花火をコンビニで見つけてしこたま買い込んで、冒頭の提案へと至った訳なんだけれど。
「お前、もう、夏休み気分か?一日、ゲーマーしているのよりは良いかも知れないけれど。」
これは、同じく従兄弟の龍一さん。大学生。親元から通っている。近いから、良いだろうって、そういう問題でもないのではないのかと思うのだけれど。
本人は、良い大学が、近くに在って、良かった、だって。
彼に付いては、この位。・・・あ。そうだ。禁煙中。二ヶ月の記録更新。凄いよね。
「良いじゃん、その位。やりたい時が、する時って。」
僕は、本気でそう思ったので、そう答えた。
「へえ、そうなの。」
で、三人で、ぞろぞろ、と言いたい所なんだけれど、何で?
いつの間にか、晴れ渡った夜空の下を、住宅街を歩いている人数が増えて、二十人位?
何で、こんなに来たんだろう?
浴衣の女の人までいるんだけれど?
「ああ、夕涼みだって。」
僕がきょろきょろしているのを見て、龍一さんがこともなげに言った。
じゃ、待てよ、龍一さんも、夕涼みの積りだったのかな?さっき、出掛けにお母さん達から、何かお礼の品物のようなもの、貰っているの、見たぞ。
また、カレーライス、うちに食べに来るのかな?半ば、お母さんが引き摺ってくるんだけれど。彼、自宅だよな。
さて、夜の校庭に着いて、他の人達が、ベンチに腰掛けて、扇子片手に、「ああ、涼しい。」とか言っている間に、僕らは、花火花火。
え。うぞ。
思わぬ伏兵。
小学生の子供たちが来てたよ。
手から手へ、花火が渡り、着火マンの炎が閃き、
赤や青の火花、黄色い光の花。
白に、紫、ピンクと回転する、炎の独楽。
独特の煙の匂い。
あっと、言う間に、終わっちゃった。
「残念。達也。一袋では、こんなものだよな。」
まさか、謀ってtいたのか。健太。・・・・いや。疑うのはよそう。
あの、浴衣のお姉さんだって、面白そうに、見ていたのに。
と。その本人が、金魚の浴衣で、懐中電灯を、夜空に向けているのを発見。
何しているんだろう。
何だか、凄く、楽しそうだけれど。
「どうしたの、君?」
長い髪を揺らして、子供が近付いてきたと思ったらしい。僕に、にっこり、笑ってくれた。
「ああ、これ?うふ、合図。」
懐中電灯を点けたまま、左右に振ってみせる。ちょっと、眩しい。
「何処に?届くの?」
僕が聞くと、
「光って、そんなに遠くまで届くんだっけ?」
健太が背後から声を掛けてきた。
「届くの。返事も来たのよ。明日まで、こちらに来るのにかかるんですって。ちょっと、待ち合わせ場所を、今度は変えて見たから。」
「はあ。」
これは、龍一さん。その後、彼は黙って、僕らの肩を抱いて、いやおう無しに、バケツの置いてある所へと、連れて行ったのだった。
帰り。だって、明日も、実は、学校だし、することもないし。また、ぞろぞろ、歩きながら、健太が、ぽつりと言った。
「あの女の人。」
誰の事だか直ぐ解った僕は、答えたものだ。
「誰だっけ?」
二人で首をひねっていると。
「あ、流れ星。」
「綺麗。」
夜空をすっと、銀の光芒の一筆書き。流れ星は西の彼方へ。
願い事、すれば良かった。
そういえば、あの女の人、明日は降るかも知れない、とか、天気予報で言ってなかったっけ?
ちょっと、気になる。
だが、何処の曲がり角で、曲がったのか、金魚の浴衣は、何処にも見当たらなかった。
何だか、疲れた気になって、無言でぽくぽく歩いていると、
「そう言えば、明日は、七夕なんだな。」
龍一さんが、ぽつり、呟いたのが、聞こえたのだった。
* The End *
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