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詠み人知らず


水仙の花の匂いに起こされた。

まだ雪の残る庭の中、飛び石のそばに、ひともと、日本水仙の花が、蕾開いて咲いている。

自分が朝早いは珍しいと、家人に驚かれるのは承知の上で、着替えた上、庭に下りる。
篠竹の向こう、塀の外から、水仙にまで、足跡が続いていた。

小さな、人型より猫の子でも歩いたかのような、小さな小さな足跡であった。
朝の光に、泉のように水を湛えているのであった。

それにしても、日本水仙である。
当然、ラッパ水仙や口紅水仙ほどにも華やかな咲き方では無く、
その和えかな凛とした香り以外では何ら自己主張を持たぬと言って良い。
池坊華道で言う、<陰の花>日本水仙である。
しかし、だからこそその姿は、一切の無駄をそぎ落とした定型詩の様に美しい。

朝の空気の中で、一編の詩のごとき存在感が、私の胸を和ませる。
私宛の個人的な手紙を読むかの如くに。

この時、やっと思い出した。

水仙は本来、球根から生えるものであって、種が飛んで来たりはしないものだと。
そして、我が家にはもともと、水仙は特に日本水仙は一本も植えてはいなかったと。

そんな私に。
吹き過ぎる一陣の冷たい風の中で、水仙が、揺れるようにして、香りを伝えて来たのであった。 


                     

* The End *

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