「自慢することったって、特別に有る訳じゃないさ。」
コートのポケットに手を突っ込んだまま、彼は僕らと同じように、夜空を見上げた。
でも。僕は、こっそり、思っていた。今しがた、お腹一杯にして出て来たジョジフの店の“水晶雀”は、絶対に、そう一年に何度も食べられる訳じゃない。
何たって、フォークでつついた途端、じゅわっと音がして肉汁が染み出る位、柔らかかったんだもの。
それに。これは、食通のペルラン氏が言っていたから、確か。
“水晶雀”に良く合うワインを見つける事が出来たら、その店のソムリエは、ほぼ一人前どころか、一流と見なされて良い、と。
しかも、僕らのポケットから出せる、リーズナブルな値段で、だぜ。
「変わった事だって、別に無い。」
きらきらきら。きらきらきら。
この寒いというのに、満天の星達は、もっと良く見ろと言わんばかりに、輝き続ける。
ちょっと、白い息を吐きながら、駅までの道を、話しながら歩いても良い位、其処は、静かな、住宅街からも離れた、野原に挟まれた通り。
枯れ草が、こそとも動かぬのを見ながら、僕らは、ぽつぽつと近況を報告しながら歩いていた。
人力飛行機に対する、企業の熱意は、どうも、足りないのではないか、ひょっとしたら、お偉方は、マルシャークの、《空間固定化理論#2ver.1.01》に、目も通していないのでは、と言う、戦慄すべき結論に達していた時だ。
夜空をつんざいて、星が落ちて来た。
しどん。
右手前方、丘の頂上に、見事、落ちる。
とにかく、その地点には、歩いてもほぼ一分で辿り着く所だ。
誰かが僕らに追いついて聞いたものだ。
「色は?形は?重さは?」と。
僕らは応えた。
「まだ、解らないよ。」
すると、向こうは興味をなくしたように。
「何だ、その程度か。」
と言って、離れて行った。ま、そんなものかも知れないけどね。
特に年末からこっち、春に向けて、実際に流星の落ちるのが多い。ちょっとやそっとの物なら、屋根でも壊されない限り、みんな、スルーするようになっている。
僕は、傍らの友人に、途切れかけていた話題を繋ぐべく、話しかけた。なるたけ彼の横顔を見ないようにして。
「ウィディヴァハの、あの一件だけれど。やっぱり、君が悪いよ、君、彼の言っている事を、ろくに聞かないで、皆と、勿論彼とも一緒の旅行に行くことを了承してしまったんだもの。」
激しく、彼が息を吐き出して、また、吸い込む物音が、傍らでした。
彼は言った。
「そう思うかい?」
「思うさ。思うに、君、最近、上の空だよ。」
何を思ったか、彼は不意に歩調を早めた。彼の前方には、まだ、湯気の立つ、掌ぐらいのクレーターがある。
その其処には。小さな、小さな、星屑。
ようやっと、地上に着いて、長い旅の後の安らかな眠りへとつこうとしていたのかも知れないものを、僕の友人の、細い指がつまみ上げた。
何をするのか、何をする積りなのか、と、固唾を呑んで見守る僕らの前で、ぽきり、と、片端を、齧り折った。
健康な顎の動きが、星の欠片を咀嚼しているのが、良く解る。
「とにかくさ。」
彼は言った。口元から、星の欠片の欠片が、ちらちらと、光って、消えた。落ちたらしい。
「皆の言っている事も解るんだよ。でもね。僕は僕で、やりたい事も、やってみたい事も、はたまた、名前と存在は知っていても、それがどんなものかさえ知らないことも沢山有る訳で。」
いつもと同じように、何も無かったかのように、歩き出すじゃないか。
慌てて、僕はつられた様に歩き出す。彼の言葉に、いちいち相槌を打つのも忘れない。
夜は更けて行った。がやがや、わいわい。にぎやかな集団が、駅へと向かうのだった。
あいつは、大物だ。何のかんの言っても。
仲間達の評判が、それ以降、いや増したのは、この場合、確かな事実だった。
と、言えよう。
* The End *
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