潮干狩りをしていたんだ。うん。弟と二人でさ。
一杯、取れたよ。二枚貝とか、巻貝とか。弟は夢中で取っているんだ。凄い早い手付き。
僕は、貝より何より、海を見ていたかったんだ。水平線って、本当に、定規で引いたみたいに、真っ直ぐだ。青いインクの製図器具で、描いたみたいだ。
パパとママは、砂浜の上に陣取って、パラソルの下で、二人でコーラにポテチ。
でも、結構、楽しそうだったな。僕たち二人を笑って見ていたよ。
そこへ、あの人がやって来たんだ。だからって、特別なやって来方をした訳じゃない。
「やあ、坊や、どうだい、沢山、取れそうかい?」
何だか、NHKのアナウンサーみたいだな。僕は、最初にその声を聞いた時、そう思った。一つ一つの言葉が、凄く丁寧なんだ。
でも、顔を上げて、麦藁帽子の向こうの顔を透かし見ると、Tシャツにジーパンの普通の男の人だった。いかつい顔に、結構、黒いサングラスが似合うのさ。サングラスに、海と僕らが映っていた。 お兄さんの顔は見えないサングラスだったけれど。鏡みたいに、何でも映すんだ。
「良く取れるよ。おじ・・お兄さんもやる?!」
思った以上の大漁に気を良くしていた僕は、気前良く、自分のバケツを差し出した。
あの人は、一瞬、吃驚したみたいだった。その後。
「あ、有難う。砂浜で、こんな歓迎を受けるなんて、思いもよらなかったな。」
「良いよ。僕だったら。」
「潮干狩り、好き?!」
ここで弟が、口を差し挟んだ。
ただ、あの人は、子供が結構好きらしく、
「ああ、好きになれると思うよ。貝を、採るのかな。」
「うん。」
かがみ込むあの人に、僕は返事をした。
「多少、小さくても良いみたいだよ。」
「ふうん。」
あの人は、熊手で二三回、砂浜を掻く真似をした後、すっくと立ち上がり、
「済まない、君たち、もう、出かける時間が来たようだ。」
「え、もう?!」
これが、僕。
「お仕事!?」
これは、弟。やんちゃざかりなんだ。
「うん。お仕事。で、それが済んだから、帰ろうとしたんだけれど、僕は海が好きでね。」
「解るよ。」
「明日は、泳ぐの。」
と、これは、弟。
あの人は、彼は、海に向かって、ふかぶかと息を吸った。そして、
「この土地は初めてでね。大事な交渉のメンバーに選ばれて、緊張していたんだが。・・・海に来て、気持ちが静まったよ。」
「ふうん。」
僕は、うなずいた。
「海って、良いね。」
と、これは、弟。
安心した事に、お兄さんは、黙って肯いてくれたんだ。本当に、サングラスって、人の表情や言葉を覆い隠してくれるものじゃないって、初めて、だから、解ったんだ。
帰り際に、いつ採取したのか、真っ白な巻貝を手渡してくれた。あの人は、本当に、僕らに感謝していたのだと、思う。今も、その巻貝は、僕ら兄弟のそれぞれの、部屋に、綺麗に飾られている。
母さんが、インテリアにうるさいんだ。
で、これは、僕と弟だけの秘密なんだが。一回だけ、高波を、あの人が頭からもろ被った時に、僕らは見たんだ。
海水でもろにずれたサングラスの下の両目が、虹彩が銀色で、瞳が、瞳孔が無かった事を。
そんな人間、何処にもいない。・・・あの人は、人間ではない。
少なくとも、この星の人間では。無い。有り得ない。
でも。
あの人が、何処から来たにせよ、この土地が、この星が、気に入ってくれて、本当に、良かったと思う。
ただ、あの人の住んでいる星にも、海が有るのかどうか、今は、それだけが、気がかりなんだ
* The End *
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