何だよ。何だよ。何だよ。
その、鳩が豆鉄砲喰らった様な面ぁ。
足、足だあ?
足なら、有るよ。二本とも、有るよ、この通り、ぴんぴんしていらあ。
立っているし、歩いているとも、何だよ、それは?
俺の脚に、何の用なんだよ。あんたは。
痛い、痛い、痛いよ。ほっぺを叩くんじゃない。頬っぺを。
俺には、男兄弟は、居なかったろう?従兄弟・・・いや、それ位は、でも、最近、会っていないな。
商売で、山陰の方に出かけているけれど、何だい、奴に何か用なのかい?
いや、だから、話を聞けって。生きているって、生きているよ。
ええ?!
死んだと、そう思っていたあ?!!
あ、成る程。そうかそうか。
いや、待ってくれってば。こんなに早く生まれ変わって、こんなに早く大きくなる訳無いだろう?
第一、死んでいない。俺は、生きているんだよ。
間違いないって、俺だよ、玄兵衛さんだ。
関が原村の玄さんだよ。関が原村の。
・・・そりゃ、今は、関が原村の、じゃなく、この村の、ただの玄さんだけれどさ。
こんな所で会うなんてって。いや、だからね。
幽霊じゃないって。お化けじゃないってば。
関が原の近くてって、何処だって。マムシで有名って。
そりゃ、美濃の事だろう?
やっぱり、玄さんだって、何だ、そりゃ。
いや、しかし、何年ぶりかねえ。都は今、どんなんだって?
ま、落ち着いて、お茶でもあがんな。
おい、お前、お茶、・・・・四つ。
あー、俺も、喉渇いちまった。
・・・いや、その、こっち来てから、嫁さん、貰っちまってさあ。
村長さんがね、俺の働きぶりに、目をつけて、その、はは、高砂やっての?
二人で畑も耕しているから、いや、進むの何のって。大豆とか、ヒエ、アワ、それと米。
はは、女手ってのは良いもんだなあ。夜になると、糸紡ぎを手伝って見たりして。
糸車の音と、囲炉裏の爆ぜる音で、つい、うとうとして、さ。
気が付くと、
『お前さん、こんな所で寝ていると、風邪引くよ。』
だって。ぷふ。
あー、ごほん。つまりね。
つまり、その、今は、健康に五体満足ですよって事で。
俺の消息なんか尋ねてくる人には、ですね、そう答えてもらえまいか、と。
そう、思うわけでありまして、ですね。
いや、諸君等も、その、この村に商売に来て下さって、有り難いと言いますか。特に、その、この村にはですね、俺達に馬を貸して商売をしている方も居られるわけですから、そちらとも、是非、この機会に誼を通じて頂いて、と、ええ。鋳掛け屋さんなんでしょ?
で。って?
で。どうやった?
どうやったって、どう?
此処は、昔馴染みだ、って。そりゃ、勿論、古くからの知り合いだよ、うん。
どうやって、助かった?
あの、“関ヶ原”の大戦をって。
そりゃ、まあ、確かに。ねえ。
うん。
今となっては、俺も、信じられないんだなあ、これが、もう。
お前、お茶、お代わり。うん、有難う。
どうだ、うちのの淹れたお茶、ウマいやろう?
いや、それがさ、え、あの人、見覚えがある?
お前なあ、餓鬼の頃、あんころ餅貰った人の事も忘れたのかよ?
祭の度に、山越えて遊びに来ちまって、頭撫でてもらって、俺も踊るって言ったろうが。
ほら、手を振ったよ、おい、おたかさんだよ、そりゃあ、
おたかさん。
隣りの頬被りした人は、そりゃあ、うん、庄屋様だよ。
誰って、何処って、何って、関が原村の。
関が原村ねえ。もう、無いよなあ。
うん。どうしてって、村中総出で、しまいには隣村まで、こちらに、引っ越して来ちまったからさ。
いや。それがね。
関東様の、家康様さ、上杉様征伐の折に、こちらに、関が原村に、とある名の有る、お偉い方の代官様や与力様お奉行様まで、見えられてさ。
いや、あの時は、偉い騒ぎだったねえ。
何つうの?
雲霞の如く?
関が原村中に、この天気の良いのに、鎧兜も勇ましい人達が、葵の旗印を立てて。
検地をするわ、こちらを質問攻めにするわ。
庄屋様を、一日引っ張りまわすわ、いやいや、一年分、痩せたよ、こっちは。
何だ、お前、何したんだって、庄屋様の晴れ着姿なんて、正月以外じゃ、とんと見た事が無かったからねえ。いや、緊張した。
で、その御方達の話している事の内容から、こちらも解ったって事さ。
天下分け目の戦いが、これから、起ころうとしているって、ね。
正しく、生きるか死ぬかの大戦が。
お侍様達が、『また来る』とか言い残して、一旦村を立ち去った後は、さあ、上を下への大騒ぎ。
とにかく、庄屋様の縁を頼って、こちらに、来て、『何も無い土地だが、良いかあ?』とか、
『開拓と、堤防作りを手伝ってくれたら、住んでも良いぞお。』と
言われた所で、こちらは、徒手空拳、断る理由も、そりゃ、ありゃしまへんなあ。
有り難く、住まわせて頂きましたとも。有り難く。
あ、嫁さんは、こちらの人なんだ。あれも、苦労だと思うよ。本当に。
いや、何で今頃って、ほら、秘密にしていろって言われたからさ。
怖い顔してさ。ずずい、と、膝を進めて、
『宜しいな?』
だもの。
こっちが、汗が出たってさ。
うん、と、頷く以外、わし等に何が出来る?
大坂の街からは、大分、人がいなくなったってねえ。
三成様は、うん、聞いた。磔だったってね。
『死ぬのは、いやだ。』
とか、思わなかったのかねえ。
でも、三成様から喧嘩を吹っかけたんだろう?
世の中、変われば変わるものだってねえ。
いや、知っていた訳じゃないけれどさあ。
そんな、偉い人、近付きになったら、一生の記念だよ。そりゃ。
え?ところで、どこの偉い方だったのか?って?
うん、さてね。ちょっと、待って。
平五、平作、平助、
えーと…。
ひいふうみい、よっと。
あ、思い出した。平八だ、平八。
『槍の平八郎様』だ。
庄屋様が仰っていた。
『蜻蛉切りの本多様と言えば・・・って。』
さすが、偉い方は違うやね、あんな大きい槍で以って、こんな小さい蜻蛉を無造作に真っ二つってんだから。
家康様の上杉征伐の折にお供して行かれて、関が原をお通りになられた折に、周りの部下ったって、堂々の大男揃いだったけれど、その方達に、こう、言われたんだと。
『我が留守中に、もしもの反乱が起こるとすれば、真、この地に違いなからん。そこもとら、よっく、この地の理に通じて置かれるように。』
だってさ。いやあ、大音声で其処まで言われれば、さすが、三河武士、ともかく、その通りにするよね。
ともかく、お代官様方も、ご主人様に良く似て、謹厳実直で、声が大きいから、いや、お陰で俺達は、助かった仕儀。
それから、三月もしない内に、関が原の大戦と言ったらさ。俺まで、何処の旗印が何処って、それなりに覚えちまったよ。
ところでさ。
嫁さんの家で実は、お茶の栽培をしているんだけれどさ。
そのお茶、ウマいだろう?
本当に。
なんなら、お代わりも、どうだ?
うちのに、言うからさ。
お客様のお茶のお代わりって。
え?売っていないのかって?
さあ、ね。俺も、じゃあ、将来は、お茶の包み抱えて、諸国を巡ったりするのかな?
そう考えると、楽しみが増えるよな。
おまえ等も、そう思わん?
* The End *

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